明治から続く「造幣局の通り抜け」

綺麗な桜色ですねぇ
明治16年、「局員だけの花見ではもったいない。大阪市民と共に楽しもうではないか」という当時の造幣局長さんの発案で構内川岸約560mを開放して一方通行による通り抜けが始まりました。以来133年桜を愛する人々の協力に支えられ今に続いています。

今年の開催期間は今日4月8日(金)~14日(木)ですが、去年より1日早くなっていて、5,6年前より一週間ほど早くなっています。こんなところにも地球の温暖化を感じますね。

近くの公共施設の抽選に当選した私は、昨日の招待日に行って来ました。大変な雨の中で、早咲きの桜は雨に打たれて散っていたのですが、地表に散り敷く様もまた風情のあるものに思いました。「今年の花」は“牡丹”です。
支えの必要な老樹も随所に・・・



こんなに人の少ない通り抜けって普通じゃ有り得ないんですが・・・
遠景にあるのは天満橋「OMM」ビルです
これが今年の花、「牡丹」

どうです!この見事な散り様・・・緋毛氈が白毛氈に・・・


右前方の小さな建物は旧正門に付随するものです
後方の建物は造幣局の官舎


なんか雪景色のような・・・

コメント

  1. 懐かしいですね。自宅が地元でしたから官舎の友達と官舎側からズッコク「横入り」してました。

    子供の頃は今のように一方通行では無かったように思います。有る年事故があって、横入りも出来なく一方通行に成ったと思います。

    今でも有るでしょうか?「俳句、短歌」の応募の場所があって、高校生の時応募して「佳作入選」したのを思い出します。(^^)v

    「淀川に 沿って延びるは 夜桜か 大阪城も輝いている」

    状景だけの句でしたが、入選したので覚えています。(^O^)子供の頃「大川」は普通に「淀川」と言っていました。

    それにしても伝統、歴史有る「造幣局の通り抜け」何時までも続いて欲しい、春大阪の「風物詩」ですね。(*^_^*)

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    1. そうですか~官舎側からね~、それもありですよねぇ。普段自分たちの庭みたいなものだったでしょうから、そこに住んでいる方達やお友達にも“資格”はありますよ。。。事故があって一方通行、なんてやはり地元ならではの情報ですね。。。

      俳句、短歌の応募箱、今年も置いてありましたが、ついに何も浮かびませんでした~~。これから思い出して一つでも出来たらいいな、、と思います。。。

      そうでしたか!!高校生の時に佳作とはいえ、入選されていて、いまだに憶えてらっしゃるのは素晴らしいです!!!
      情景が目に浮かぶようで、しかも大きいですねぇ・・・^^
      拍手、拍手・・・・・

      大川は昔、「淀川」とそのまま呼んでいたんですってね。
      「大川」と呼ぶ方が地元民に愛されている川、と言う感じがありますね^^主人はよく釣りに行っていたそうでした。鰻も釣ったらしいです。

      「造幣局の通り抜け」、きっと大阪の「風物詩」「年中行事」として未来に続いていくでしょうね(^-^)

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