コロナが終れば会いたいね
元留学生Sさんの結婚式、白馬に乗った王子に迎えられ…
今週初めの頃に私の誕生日がありました。その前日に、中国人女性Sさんの友人だと言う男性から「アオヤナギさんの住所はこれでいいんですね」と確認の電話がありました。
とても流暢な日本語だったので問わずにいられなかった私の質問に、「中国人です。大学生です」と、気持ちよく答えてくれました。「Sさんから頼まれてお誕生祝いを送ろうとしているのですが、アオヤナギさんの住所は名刺通りの住所でいいんですね」との事。いつかSさんに渡した私の名刺がコピーされて手元にあるのでしょう。
留学生住宅では、シャイでなかなか対面で話すことをしないで、書類提出の際もあまり目を合わすこともせず、用事が終わればそそくさとその場を離れ、さっと身を翻すように外へ出て行く・・・そんなSさんでした。でもいつからか、「お父さんが仕事で来阪しました」「帰省から戻りました」と中国のお土産を窓口で渡してくれたりするようになりました。 それらのお土産の中には学生の身では高価すぎるものもあり、私もそれなりのものをお返ししたりして、徐々に馴染んで親しくなってきたので自宅にも招いたりしました。
ある年の私の誕生日にSさんはご馳走するからと誘ってくれ、留学生住宅の向かいの鰻料理店で、仕事中食事休憩を取った私と彼女はうな重を楽しみました。その後、女性の店員さんが小さくも華やかなバースデイケーキに1本のローソクの灯をともして持って来てくれました。それは勿論Sさんが全て手配し彼女の演出によるものでした。そして中国コスメセットのプレゼントもどこからか現れ、テーブルの上にいつしか乗っているのでした。店に預けていたのでしょう。(これはいけない)と思った私は、彼女が席を外した時に店の支払いを済ませました。
大学院では教授の助手を務めていた事や、日本語を非常にスムースに話せること、などを考えると大変な勉強家だったと思います。お金持ちの娘さんだな、と思いながら付き合っていましたがいわゆる”一人っ子”であり、適齢期に差し掛かった一人娘はご両親とおばあちゃん👵に呼び戻され、大学院生の途中で祖国に帰ったのでした。私に「また来ます」と言い残して…(本当にそれから2回程来日しています)。
日本での恋物語が無かったわけではなく、しかし友人に譲ることに決めたらしく、相手の男子学生も私に「実は迷っているんです」と打ち明け、私は二人の涙を別々に見ています。
子供も出来たので母親として家族を守るためにきっと強い女性になると考えますが、優しい女性であることは変わらないだろうと思っています。
彼女の意を受けて広島の大学生S君から電話の二日後、ここに一部掲載した写真と広島の銘菓が送られて来ました。 彼女へのお礼の手紙はその翌日、郵便局の窓口で「コロナ下でいつ届くか分かりません」と言われましたが、「お願いします」と置いて来たのでした。
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