日本の伝統スポーツもいいですね

    
 昨日の朝刊の投稿欄に記載された大関・照ノ富士関の似顔絵ですが、よく似ていますね

              埼玉県の76歳の男性の作品です



オリンピックの開会式まであと50日余りだそうです。緊急事態宣言が延長となって6月20日に解除されたとして「さあオリンピックやりましょう!」となるのでしょうか?甚だ疑問です。

国民と、政治を預かっている人たちの間に大きな隔たりがあるようです。また、IOC国際オリンピック委員会の中枢の人達が当然のように「緊急事態宣言下でもやる」等と言っているのも(ハ?)と言う感じです。


オリンピック種目ではないものの、最近のスポーツの”ちょっといい話”、と言えば大関・照ノ富士関の二場所連続優勝ですねぇ。”とてもいい話”と言い換えましょう。

病気とケガで序二段まで落ちながら、師匠の伊勢ケ浜親方に励まされ導かれて幕内迄這い上がり、先場所ついに優勝しました。本場所の5時ごろからの上位相撲しか見ない私にとっては、すっかり忘れていた存在でした。しかし、先場所久し振りに見て痛々しいほどのサポーターを両膝に着けながら頑張る姿を見て、以前よりファンになって応援していたのでした。

そしてこの夏場所、横綱不在の空白を埋めるかのような活躍と人気ぶりに国技館も沸きました。10連勝したので(これは!)と思わされましたが、11日目は髷を掴んだ故の反則負けとなり、14日目には2敗目を喫しました。そして千秋楽の日、貴景勝関との一戦はあっけなく敗れたのでした。貴景勝関も応援しているのでどちらが勝っても良かったようなものですが、照ノ富士関が12勝3敗同士の貴景勝関との優勝決定戦を制しました。

相次ぐケガや病気で大関から序二段まで落ちて失意のどん底にありながら、師匠に諭され励まされ再度大関に上がれたのは、本来持っていた丈夫な身体に加え、素直な性質によるものではないかしらと思いました。相手を土俵の外へ押し出す時もなるべくダメージを与えないようにしているかに思われ、懸賞金を手刀を切って受け取る際、中にはひったくるように受け取る力士もいますが、彼はそうではありません。照ノ富士関の所作には優しさがあるのです。上に掲出した似顔絵にその優しさがよく出ているような気がします。



           これは昭和41,2年の大相撲番付表です

           大鵬・柏戸の人気が沸騰していた頃ですね

   義父がいわゆる”谷町”で若いお相撲さんが家に出入りしていたようでした

         若見山幸司さんもその一人で彼から頂いた番付表です

          座敷の家具の引出しにずっとしまったままでした

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