春宵一刻値千金


2月下旬、友人と行ったあるレストランの
入り口付近に置かれていたお花
日曜日、「東京から出張で大阪に来ています。1週間ほど本町辺りに滞在するので、ご都合のいい日に会いたいです。」と連絡が入りました。

 
彼、Z君は中国上海の人で、高校を卒業して来日し、日本語学校に入学しました。卒業後は大阪の国立大学へと進みました。

大学4年生時の就活は思うような会社の内定をもらえず、就活を打ち切って大学院に進みました。大学院の時はエルセレーノに居ませんでしたが、何かと連絡があり繋がっていました。そして遂に念願通りの外資系企業に就職することが出来たとの知らせを貰いました。

彼は一貫して外資系の企業に就職したいと言っていたのですが、その通りに外資系企業で外国為替のディーラーとして忙しく過ごしているようでした。興味のあることを仕事にする、ということは本当に大切なことで、幸運でした。
 

 
就職した翌年、一昨年は両親を関西旅行に連れて行き、昨年は関東を案内したこと、また東京都内の便利な場所でタワーマンションの一室を手に入れたと、知らせてきました。「犬が大好きなんですけど、一人じゃ面倒見切れないから我慢します」ともラインのやり取りで書いて来ました。

 “独身貴族”を謳歌しているような彼から夜勤があると聞いて一瞬驚いたのですが、世界の為替市場と取引する仕事は夜勤もあることは理解できます。私も商社で貿易を担当していたので、夕方米国にファックスしておき、翌朝どのような返事が来ているかを楽しみに出社していたものでした(ガッカリ!もありましたが…)。利益と損失が瞬時のやり取りで発生する為替取引ではなく、大阪支社経理部としての意見と、先方の反応というファックスのやり取りなので、のんびりしたものでしたが~

 
 

火曜日に紅梅町に帰って来た彼を「お帰り!」と迎えたのは私と、同じ大学の博士課程にいるY君でした。Y君は今、就活中です。必ずZ君から得るものがあると思ったので声を掛けました。近くて便利な、鰻料理の“うな次郎”で食事をしながら、時々お箸が止まるほど話に熱中する3人でした。

写真を撮ることも忘れていて、お勘定を済ませてから
席に戻って写したのでした・・・
 Z君の日本語は“立て板に水の流れる如し~”そのものでした。元々早口ですが、一瞬の判断が仕事の出来・不出来を左右する環境に居るせいか、以前に輪を掛けた早口になっていました。(よくそんな難しいことを理路整然と早口で言えるなぁ)と私などは思うのですが、理屈が通らないと納得しないY君も「うんうん」と聞いていました。

 
二人は同い年で、タイミングは違いますが日本に来た年に入った日本語学校も、研究対象は違うものの、大学も大学院も同じです。「○○先生知ってる?」という話もありました。初対面ながらお互いに相手を認め合ったようでした。就活のアドバイスは懇切丁寧でした。二人を引き合わせて本当に良かったと思います。早速ラインで連絡し合えるようにしていました。


 

Z君はヘッドハンティングされて、4月から新しい会社へ移るそうで、大きな資金を任されて運用するという本来したかった仕事に就くのだという事でした。なんと大きなチャレンジでしょうか!!

もうすぐ30歳という若さでこの切れ味、「水を得た魚」となって活躍するでしょう。「次は僕がご馳走します。大阪のいいレストランを探しておきますよ」と言って、握手をして帰って行きました。弥生の宵の心楽しいひとときでした。。。
 

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