此の度の地震


6月18日7時58分、大阪府北部を震源地とする地震が起きました。
お亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、
被災された方にお見舞いを申し上げます。

 

ちょうど食事を始めようと食卓を整えて、たまたま何の用事かテーブルの向こうを移動していました。その時の突然の揺れに(地震だ!!!)と思い、足裏に伝わる方向性の感じられない揺れを(長い…)と不気味に感じながら収まるのをじっとしてひたすら待ちました。テーブルの下に潜り込む、という基本もすっかり忘れ去っていました。それにしても震度6弱もの地震だとは思いもしませんでした。

 

阪神淡路大震災の時、大阪では震度3でした。私は就寝中で、ドーンと突き上げられて目が覚め、次に南北に揺れるのを感じました。ベッドの上で、天井の照明の落下を避ける位置に正座して収まるのを待っていました。早く目覚め、階下でこたつに入っていた夫が揺れの収まると同時に「大丈夫か?」と上がってきました。揺れている間には移動できなかったと言います。しかしその時の地震では特に被害はありませんでした。

 

此の度の地震でも、食器棚は壁に固定されているので扉も開かず、中も大丈夫でした。しかしながら座敷の、今じゃ流行らない古いウォールボードからワイングラスが2つ転がり落ちて割れていました。

そしてお仏壇からは花生けが落ちて水がこぼれ、一緒に投げ出されたものを濡らしなどしてちょっと忙しい思いをしました。まさにこれから朝食と言う時に地震が起きて、温かいものは冷たくなり1時間近く遅くなっての朝ご飯でした。これらのことから(やはり震度6弱だったんだな)と思いました。

 

あたふたと朝食を済ませ、留学生住宅へ様子を見に行きました。

1階ロビーには2、3人の4月に日本に来たばかりの日本語学校の学生がいて、「日本じゃ度々このような地震が起こるんですか?」「この建物は地震に耐えられるのですか?」と言うような質問をしてきました。

「今日の震度6弱というような大きな地震は、私は生まれて初めて」「この建物は阪神淡路大震災(みんな知っています)の起きた1995年以降に、新しい耐震基準で建築されているので同程度の地震には耐えられる、大丈夫。」と説明し、取り敢えず安心してもらいました。

 

「エレベーターが停まっています」と言うので、大阪国際交流センターに連絡をし、復旧手配をしてもらうようにしました。どこのビルやマンションでも地震の時は、自動的にエレベーターは停止することになっているようで、順番待ちになり復旧は翌日でした。閉じ込められた人はいなかったのが幸いでした。

 
 
 
シリア人の留学生とその夜窓口で話をしましたが、中でも「僕はもっと怖い目に合ってる。目の前で家が破壊され、人が吹き飛ぶような…」と遠くを見るような目をしていたのが印象的でした。

 

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