手編みセーター
セーターが完成した日、家の前で |
この秋から冬にかけて編み物をしました。ずいぶん久しぶりのことです。
機械編みは、機械を購入したときに6か月の講習付きだったので、熱心に通って習得しましたが手編みを正式に習ったことはありません。
小学校2年生の時、編み物の好きな叔母が“目”の作り方とメリヤス編みを教えてくれました。とても面白くて家でも編んでいましたが、学校へも持って行き休み時間に編むつもりでした。ある時、休み時間が終えても編むことが面白くて、授業が始まっているのに止められず、席が後ろなのをいいことに教科書を立てて、手元を隠して先生から見えないようにして編み続けていました。
ところがしばらくして、「サッチャン、下にあるの持っといで」と先生から声がかかったのです。お見通しでした…先生はそれを受け取り、教卓の引き出しに入れられたのでした。その日の授業が全て終わって、帰る前に教卓からそれを取り出し、持ち帰ったのは言うまでもありません。後日先生から咎められたことはなく、友達からも何も言われませんでした。その先生は入学時から3年生まで担任でしたが、非常に可愛がってもらった記憶があります。
今思えばのびのびと育てる、とでもいう教育方針だったかと思っています。
大人になって洋裁と機械編みを習った後、その2つを取り入れながら手編みのセーターやジャケット、スカートとのツーピースなど、結構な数の作品を作りました。洋裁からは体型に合わせた型紙作りへの応用が出来、機械編みからは身頃や袖の接ぎ合わせ方などが共通でした。
去年2月のお誕生日に、サイズの大きな息子に阪急メンズで見つけたセーターをプレゼントしました。少しくすんだオレンジ色系のセーターを彼は「僕がこの色を好きなこと知ってたの?」と非常に喜び、あちこちで「可愛い」だの「似合ってる」だの、言って貰って気に入っていたのですが、私はそのセーターで型紙を取ったのでした。そして「来年プレゼントするから」と言うと、「そんなに掛かる?」と彼は期待が裏切られたかのような口ぶりで言うのでした。
その後すぐ編み出したのは良かったものの、途中で季節が変わり暑くなると、モヘアの毛糸は見るのも暑く敬遠して押し入れの中へしまって、殆ど忘れていました。
10月頃そろそろ編もうかな、と取り出してみたものの、改めて型紙を見てみると太平洋の大きさでした。これをひと針ひと針編んで行くのかと思うと太平洋をボートで渡る心地がしたのでした。しかしそんなことを考えていられない時期になっていると、それからはまじめにコツコツと編み出しました。シンプルなメリヤス編みにも拘らず後ろ身頃が、空白の日々を考慮に入れても一番長く掛かりました。15・6㎝ほど編んで8か月位放っておいたので段差が出来ているかと、気になりましたがそれは大丈夫でした。
編み進むにしたがって久々の作品に自分で嬉しくなって、完成できるかどうかわからないのに、本人の背中に合わせたりして一人喜んでいましたが、彼はホントにできるのかどうか危ぶんでいたに違いありません。「3年掛かるかも~~」と小さい声で言っていたのですからね。
兵庫県のある大学の助教授に採用されて1月末には赴任と決まり、それまでに編み上げようと、家事もそこそこに一日中編み物をする日が続きました。月末に近づいた頃、ようやく完成したので着てもらった処、色もデザインもとても気に入って「長い時間を掛けて作ってくれてホントに有難う」と喜んでくれました。この冬の一番寒い時期に一日でも多く着て欲しいとせっせと編んだので、本人が喜んでくれた満足もさることながら、達成感は心を十二分に満たしてくれました。これは次作への十分なモチベーションになるでしょう・・・もう、絡みやすく時間が掛かるモヘヤ糸は使わないと、それだけ決めました。
デーツ、ナツメヤシの実です。 少し前、私が「大好き!」と言ったのを憶えていてくれて 今日、他にも「欲しい…」と言ったものと一緒に持って来てくれました |
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