軍人だった若者たち


 台湾の地名が入っているので便利なキーホルダーです

10月1日に台湾からの日本語学校への留学生が3人、「エルセレーノ紅梅町」に入居しました。“男の子”と言っていい程の若さです。


台湾は2008年、2年の兵役期間を1年に短縮しました。そして2018年、若者の戦感という時代の波に抗しきれず、徴兵制を廃止し志願制にしました。
昔は2年の兵役を終えて留学する人が多かったので、やはり“面構え”が違うような気がしました。

韓国人でもそうですが、兵役を終えた人は何か自分のものを持っているというか、確固たる自己を形成しているような気がしました。2年なり1年なりを家族から離れて、軍隊という日常から懸け離れた特殊な環境、厳しい人間関係の中に身を置くことは尋常なことではない、という気がします。ただ現実の戦場に出ていないのが私には救いに思われました。

 
 
 
20年前、エルセレーノがオープンした年、日本語学校に入学した台湾人留学生がいました。175㎝70㎏程の体格でした。台湾も南部の出身らしく色浅黒く、つぶらな真っ黒の瞳に髪の毛も真っ黒でした。その髪を束ねて一つにくくり、どこかの王子様のような彼も2年間の兵役を済ませて来ていたのでした。
その頃、紅梅町の路上で女性がバッグを奪われる事件があった後、彼が「先輩、何かあったら大声で僕を呼んで下さいね。僕は2階なので聞こえるから」と言ってくれたのを今でも覚えています。

彼とは今でも連絡を取り合っていますが、その頃から私のことを“先輩”と言ってくれます。25歳の若者だった彼は親ほどの年齢の私を「アオヤナギさん」とは呼べず、「先生」と言うのでそれには私が参り、「人生の先輩だから」と言う理由で「先輩って呼んで」と言ったのです。

彼は日本の大学で勉強した後、台湾で大学院に進みました。担当教授から「大学に残って欲しい」と言われたそうですが、自分と友人で東洋医学と西洋医学を合体させた病院を作りたいという夢を叶えるべくお断りしたそうです。その夢の一端を今春実現させましたが、夢の続きはまだまだこれから繰り広げられそうです。

 

彼の数年後入居して来たのは、韓国軍の特殊部隊にいたという青年でした。やはり身長は175㎝位、体重も70㎏超だったような気がします。筋肉質のがっちりした体格の人でした。口数は多くはありませんが、いつも人に対する時は笑みを湛えているような人でした。我が家で食事会をする時は大概主人の傍に座っていました。主人の話では、時々その部隊に居た時の訓練の様子を教えてくれたのだそうです。もちろん公開できる範囲の内容です。それを聞いて柔道を長い間やってきた主人なので、興味深くも思ったでしょうし、厳しい訓練に耐えてきた彼にある種、敬意のようなものも感じていたようでした。

 
 

日本語学校の事務職員さんが男の子たちを引率して来られました。エルセレーノに住んでいる日本語学校の先輩が通訳でした。彼も台湾人で、今年4月に入居したものの話らしい話をしていなかったので、どんな人なのか知りませんでした。しかし、後輩に対する面倒見の良さや、行き届いた心遣いなど、私はまた素晴らしい人を発見した思いでした。エルセレーノは宝の山か、豊饒の海か~~、今年度もどれだけの素晴らしい人と出会えるかしら?!



今日の朝食はシリアからの留学生Y君からの差し入れのトルティーヤと
彼の手造りのムタバル(茄子のディップ)
そして私の野菜サラダ

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